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映画古典DVD集

古典映画「ひろしま」

古典映画「ひろしま」 55年前の名作

古典映画「ひろしま」のDVDを見つけました。
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★ひろしま DVD★



55年前に見た感想を先ずご覧下さい。55年前映画館で嘔吐をもよおしたのですが思ったとおり大丈夫でした。

それくらい感性が鈍化しているともいえますが・・・

この映画を始めて見たのは、中学2年生だったか、3年生になったからだったか知りませんが、合併した水口の繁華街に2つの映画館がありました。学校から生徒全員に鑑賞させた映画が「ひろしま」でした。

原爆投下とそのあとの広島をかなり克明に描いた映画でした。たしか山田五十鈴主演だったと記憶していますが、とにかくきつい映画だった記憶があります。

その後大分たって見た、原爆の図や写真、焼け爛れた身体で川に向かって行列する人たちの姿、ケロイドの背中など克明に描かれていて、今でも脳裏に焼きついています。映画の途中吐きそうになって、劇場からホールにでたことも思い出しました。それでもまた入場してみたのですから、よほどショックの強い映画だったのでしょう。

監督
• 関川秀雄

キャスト(役名)
• 岡田英次 (北川先生)
• 月丘夢路 (米原先生)
• 神田隆 (千田先生)
• 利根はる恵 (保母)
• 加藤嘉 (遠藤秀雄)
• 河原崎しづ江 (妻よし子)
• 亘征子 (洋子)
• 月田昌也 (幸夫)
• 山田五十鈴 (大庭みね)
• 松山りえ子 (大庭町子)
• 町田いさ子 (大庭みち子)
• 南雅子 (大庭明男)
• 佐脇一光 (河野誠)
• 薄田研二 (仁科博士)
あらすじ(goo映画解説より引用)
広島A高校三年、北川の担任するクラスで原爆当時のラジオ物語を聞いていた大庭みち子は、突然恐怖に失心した。原爆の白血病によって前から身体の変調を来していたのだ。

クラスの三分の一を占める被爆者達にとって、忘れる事の出来ない息づまる様な思い出だった。それなのに今広島では、平和記念館の影は薄れ、街々に軍艦マーチは高鳴っている。あの日みち子の姉の町子は警報が解除され疎開作業の最中に、米原先生始め級の女学生達と一緒にやられたのだ。みち子は爆風で吹き飛ばされた。

弟の明男も黒焦げになった。今はぐれてしまった遠藤幸夫の父秀雄は、妻よし子が梁の下敷で焼死ぬのをどうする事も出来なかった。陸軍病院に収容された負傷者には手当の施しようもなく狂人は続出し、死体は黒山の如くそこここに転りさながら生き地獄だった。しかし軍部は仁科博士らの進言を認めようとせず、ひたすら聖戦完遂を煽るのだった。

その戦争も終ったが、悲惨な被爆者にとって今更降伏が何になるのか。広島には七十年間生物は住めないと云う。病院の庭に蒔かれた大根の芽が出るまでは、人々はそれを信ぜずにはいられなかった。疎開先から引き返してきた幸夫と洋子の兄妹は、病院の父に会いにいったが、そのひどい形相にどうしても父と思う事が出来なかった。

父は死に広島には七回目の八月六日が廻ってきたのに、幸夫はその間浮浪児収容所、伯父の家と転々して次第に荒んでゆき、遂には浮浪児を使って掘り出した死体の頭骸骨を、原爆の記念に米人に売ろうとさえした。みち子は河野達級友に見守られながら死んだ。北川に連れられて警察を出てきた幸夫を、今また河野達は「明日は僕らの手で」の合唱で元気づけるのだった。

やはり独立プロ作品でした。キャストを見てみると、当時のトップスターが並んでいます。山田五十鈴ほか月岡夢路、岡田栄二、利根はる恵など多分独立映画ですからギャラが安かったと思えるのに出演しているのは、ひろしまを伝えることに気持ちがこもっていたと推察されます。


1953年(昭和28年)の映画でした、と言うと中学1年生のとき見たことになります。同じ映画館で見た同級生に聞いてみたい気がします。当時映画館でどんな気持ちで見ていたのか、その後この映画のことを覚えているのか、そしてもう一度見る気があるかなどなど。

思った通り、中学生のとき見たような嘔吐などありませんでした。

またそれほどリアルな映像もなかったのでした。

日教組が作った映画としては、これが一番いい映画だったのではないでしょうか.

最後の俯瞰の画像、原爆ドームへ群集が集まる場面は、それだけの人をどうして集められたかと思うくらいすごい動員力でした。

当時、この映画や日教組に対してそれだけの共感があったことが感じられました。


★ひろしま DVD★


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映画 祇園の姉妹

映画 「祇園の姉妹」溝口健二

日本の映画監督として黒澤明・小津安二郎と並ぶ三大巨匠の1人に数えられる溝口健二[みぞぐち-けんじ]は明治三十一年(1898)東京の浅草に産まれ、昭和三十一年(1956)京都で没した。

祇園の姉妹を溝口は、この時代リアルに描いた。

彼自身女優との浮名はなく、この舞台となる下層花柳界で遊ぶのが常だったという。

              
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主役の山田五十鈴が、彼女も祇園の育ちのせいで、溝口に映画のないようにいろいろ注文をつけた逸話もある。

「祇園の姉妹」は山田対溝口の火の出るような対決の映画でもあります、ぜひご覧ください。



溝口が活躍した日本映画の黎明期、私が選んだ傑作集をご紹介します。

ご紹介するのは、大変貴重な記録的映画です。

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映画 ベルリンオリンピック



映画 ベルリンオリンピック「民族の祭典」

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『民族の祭典』リーフェンシュタール(女性監督)

ナチス ヒトラーの時代のオリンピック記録映画です。

私には、教科書の西田・大江の銀銅メダルを半分にしてお互いの健闘と友情を表した美談として記憶があります。

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第一部「民族の祭典」と第二部「美の祭典」の二部構成で3時間半を越える大作でした。

「NHKがナチスの映画『民族の祭典』と『美の祭典』を放映するのを知って仰天しました。この映画のドイツ人女性監督、レニ・リーフェンシュタールは、1934年ナチス党大会の記録映画『意志の勝利』を撮り、その後ヒトラー直々のお声掛かりで、1936年のベルリン・オリンピックの記録映画2部作『民族の祭典』『美の祭典』を撮撮したのでした。」

という記事がありました。この映画のことを書いているページを見ると評価批判どちらもこの映画が撮られた背景、ヒトラードイツの政治的意図を書いています。

映画、映像の価値と歴史的価値を私は、映画の持つ強さだと思います。

その映像こそが映画の価値であって、政治的目的などは結局そのときの宣伝で終わります。

しかし、その時代の宣伝は、間違いなくヒトラーユーゲントを生み出したのですから難しいところでもありますが・・・

今回の推薦は、映画としての価値だけをあなたにおすすめいたします。

『民族の祭典』その後編『美の祭典』リーフェンシュタールを推奨いたします。

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映画古典1930年代作品集


古典映画1930年代DVDをご案内いたします

映画の黎明期にあたります。

すでにアカデミー賞は始まっていて

当時まだ生まれていなかったのですから、見ることは出来ませんでしたが、

30年後位になって、あちこちの映画祭などで見る機会がありました。

日本映画の場合、山中貞夫、衣笠貞之助、豊田四郎、伊丹万作(伊丹十三の父親)などの巨匠がいい映画を撮っていたのですが、あまりDVDで残っていません。

ご紹介するのは、大変貴重な記録的映画です。

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