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テレビドラマ点と線【映画館(こや)の木戸はあいている】

時刻表テレビドラマ 点と線

点と線は時刻表ドラマの優秀作品です。

ビートたけしの刑事がなんと言ってもこのドラマの中心でした。

料亭「小雪」の女中2人と、東京駅の13番線プラットフォームで見送られていた機械工具商会を経営する安田辰郎。この3人は、向かいの15番線プラットフォームに、同じく「小雪」で働くお時が男性と夜行特急列車「あさかぜ」に乗り込むところを見つける。だが数日後、お時とその男・佐山は、香椎の海岸で情死体となって発見された。

一見ありふれた情死に見えたが、博多のベテラン刑事・鳥飼重太郎は、佐山が持っていた車内食堂の伝票から事件の裏の真相を探るため、一人、捜査をすることにする。

一方、佐山は現在社会をにぎわしている××省の汚職事件の関係者であった。この事件を追っていた本庁の刑事・三原紀一は、心中事件を追って九州へ向かい、鳥飼と出会う。

捜査の結果、二人は、東京駅で13番線プラットフォームから15番線プラットフォームが見えるのは、1日の中でわずか4分間しかないことを突き止め、安田を容疑者として追及しようとする。だが、安田には完璧なアリバイがあった

松本清張の時代をとらえた事件の導入は砂の器と同じように初めから引きつけられる。

砂の器では国鉄の蒲田駅の線路で田舎の元警察官の死体発見から始まる。

こちらも国鉄駅である、鉄道を使った推理小説が松本清張のデビュー時には多い。

砂の器の背景にはらい差別があり、点と線の背景には汚職があった。



松本清張は新聞社での給士、版工時代に見た社会事件の報道現場の体験が必ず作品に影響を与える。

点と線も砂の器も、戦後まもなくの日本の現状が描かれ

特に国鉄を舞台にする点は当時国鉄での不可解な殺人時間が松本作品の下地になっていると思えます。

下山事件、松川事件など松本清張は舞台に国鉄を持ってきたのだと思います。

その時代の空気をこのドラマ「点と線」はちゃんと捕らえたからいい作品になったのです。

見終わって満足したテレビドラマは久しぶりでした。

おいしい料理を一杯飲みながらいただいた気分です。
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ビートたけし 点と線【映画館(こや)の木戸はあいている】

点と線 ビートたけしの刑事は砂の器の丹波哲郎

ビートたけしの点と線 テレビドラマを何度も見ました。

ビートたけしの演技はよかった。定年前の刑事の空気がよく出ていました。

また点と線、見れば見るほど、あの名作「砂の器」の映像を見る思いでした。

野村芳太郎作品の「砂の器」は野村監督には珍しく展開にサスペンティックなアメリカ映画のような早くてどきどきする映像展開でした。

その後の犯人を追い詰める展開、犯人の殺人に至る動機などを描く展開のゆっくりとしっかりと見せるリズム

そして最後に犯人の父親との放浪する過去の日本の風景が延々と映像が続く言葉のない世界

その時間に何度涙したことか

そのときを思わせる展開がそっくりこのテレビドラマにあった。

ビートたけしの刑事は見事にはまっていた、砂の器の丹波哲郎の刑事よりよかと重ねてみました。

そしてビートたけしの刑事役の方がむしろよかったように思います。

点と線は以前映画で見たことがあるが、こちらの方がいい作品だと思った。

テレビでもこれだけの作品が出来るんだ

でも結構お金がかかったんだろうと思えます。

CG、コンピュウターグラフイックによる、当時の東京駅のホームの再現は

先日見た三丁目の夕日のCGによる東京風景と同じように現実感がありました。

点と線、こんな映像化が難しいドラマをテレビがいいドラマに仕立てた

それがとても嬉しいのです。


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三丁目の夕日 団塊世代とアニメ【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 団塊世代が呼び込んだアニメブーム

団塊世代から広がったアニメは

1980年半ば、漫画に目ブームはまた息を吹き返します。

1985年、漫画産業は再び活気を取り戻し、漫画の市場規模は3260億円に達し、特にレディスコミックが急成長した年です。

『りぼん』は200万部雑誌となり、『週刊少年ジャンプ』は平常号が400万部という数字をたたき出した。

1986年、講談社・集英社・小学館の三社が占める漫画雑誌市場シェアが71.4%に達し、漫画産業の独占携帯が進みました。

特に少年週刊誌は『週刊少年ジャンプ』の一人勝ちとなっていたました



これは『キン肉マン』『キャプテン翼』『北斗の拳』『ドラゴンボール』などなどへの人気作品の交代と、これらの作品のアニメ化の成功でダントツになったのです。

また日本経済新聞社による『マンガ日本経済入門』は200万部を超えるベストセラーとなり、漫画の持つ力が娯楽の分野だけでなく教育分野まで進出。



専門書などの本による物からより親しみやすく分かりやすい漫画と学習が結びついてきたのでした。

このことにも団塊世代は深くかかわっていると思えます。

彼らは子供時代から、大学卒業までアニメ文化の中にどっぷり使っていて

思考がアニメを通じて始まる文化を形成してしまっていたからだと思います。

その後今日まで、読む文化の中での漫画アニメの位置はますます大きくなってきたといえます。

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三丁目の夕日の少年からアニメブーム【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 団塊世代が導いたアニメブーム

三丁目の夕日、団塊世代の小学生時代(一平・淳之介)が火をつけたアニメブームの変遷

1958年以後アニメはどんな発展を遂げたかを見るのも興味深いと思います。
前回60年代のアニメ時代に触れましたので

1970年代団塊世代の学園紛争のころです。

1977年、劇場映画『宇宙戦艦ヤマト』が8月6日-10月28日の上映期間に270万人を動員し、興行収入21億円という空前のヒットを記録、



1978年、漫画単行本・雑誌の総販売金額は1836億円、出版物全体の15%を占めるまでに拡大。

漫画の消費速度が上がり、次々に読み捨てられていくようになっていきます。

1979年、松本零士の『銀河鉄道999』の劇場版映画公開に合わせ、国鉄によりイベント列車が運行されて、

その切符の競争率が70-80倍にも及び、漫画の影響力の大きさが拡大します。

これをきっかけとして漫画とタイアップした企画され、漫画家の活躍の場が広がり、『ヤングジャンプ』が創刊され、創刊号がたちまち売り切れたことが話題となった。

1980漫画ブームは終わり、少年週刊誌の発行部数は前年比-8.6%、少女週刊誌も-7.1%と部数を落としました。

少年週刊誌ではブラック・ジャックが連載を終えたことで『週刊少年チャンピオン』でさえ部数減だったのでした。

ブラックジャック 第1巻”Black Jack 1”


漫画コミックの苦戦時代が来たのです。

このことにより出版社の編集者が漫画政策に直接タッチするようになり、原作者と漫画作家という分業体制が始まったのです。

とにかくアカ本といわれて一段下の立場だった漫画アニメが出版業界の重要な商売になったのでした。

その読者は巨大なマーケットを形成する団塊世代であったことは間違いない事実でした。

学園紛争に走る団塊世代の学生の手にアニメが握られるという面白い時代になったのです。

マルクスからアニメへの転換、これが70年代から80年前半の状況でした。

この時代のアニメ
タッチ
キャプテン翼〜小学生編
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三丁目の夕日 少年達の未来【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 団塊世代が見る未来の日本

三丁目の夕日の印象的なシーン

茶川が淳之介が空想した作文のアイディアをパクッテ(盗作)して出版社に送ってしまい、

それが雑誌に掲載された出来事です。

その顛末は後にして、

淳之介は学校で一平や同級生から「ガリベンめ」といわれて作文を取り上げられ

一平がそれを読むシーンが印象的なのです。

そこには、淳之介が描いた未来の日本があり


空中の高速道路を自動車や電車が縦横に走っている想像の世界がありました。

私が鉄腕アトムで見た、手塚治の巣像の世界とまったく同じでしたが・・・


鉄腕アトム 手塚治虫/作

一平たちは我先に淳之介のほかの作文も読みたいとせがむのです。

昭和30年代、団塊の世代はまだ子供でしたが、私の世代(高校生)より上の世代は具体的に未来の日本を夢見ていたのでした。

1970年(昭和45年)大阪万博が開かれたとき、淳之介の描いた未来は確かな手ごたえで現実のものになりつつありました。

その足音の予言的象徴として三丁目の夕日が描く東京タワーがあったのです。

団塊の世代の一平にも淳之介にも未来の日本の豊かな発展が感じられる幸せが待ち受けている、そう感じたのでしょう。

一平も淳之介もこの映画の後日談として語るなら、

この団塊の世代独特の、圧倒的に人数の多い競争に対して

教室も足りない先生も足りない中、むしろ一番学習したのはこの世代の特徴でもありました。

先日、日本の子供の学力低下がはっきりデーターで出ましたが、

この世代はないないづくしの中懸命に学習したのです。

そして職場こそ自分の未来として働き、世界の2番目に経済の豊かな日本を作り上げたのでした。

1960年代になって

1962年には、講談社が週刊少年マガジンと月刊なかよしから、マンガ雑誌の週刊少女フレンドを発刊、

翌63年には、月刊りぼんを出していた集英社が、これを総合雑誌週刊マーガレット

これによって、少女誌も週刊時代に突入するが、少年誌同様のベテランマンガ家だけでなく、

読者の感覚に近い若手を積極的にスポ根企画ものなどに登用し、テレビアニメ路線を拡大した。

すなわち、1968年には、集英社が週刊の少年ジャンプを創刊し、マーガレット同様の若手登用と、徹底した読者アンケートによるサドンデス方式を採り、永井豪や本宮ひろ志などの多くの戦後第二世代マンガ家がテレビアニメに対して雑誌社の主導権を握る。

なかでも、原爆の悲惨さを描いた『はだしのゲン』は、異色作でした。

この世に少年少女は漫画とアニメ文化の真っ只中に入っていきます。

活字より、直接的な漫画アニメでの志向回路が出来上がっていくのです。

三丁目の夕日も原作は漫画ですし、漫画又は劇画の世界から映画化される今日的状況はこの時代に基礎が築かれたといえますね。

アニメは団塊世代が導き、特殊な文化を創造したといえなくもないでしょう。



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三丁目の夕日時代と週間漫画雑誌【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日時代と週間漫画雑誌の登場

三丁目の夕日で茶川の書く少年雑誌の冒険小説

1958年から週間少年雑誌が登場しました。

その頃は、紙芝居屋が全国に五万人を数えていました。

週間単位のテレビの普及とともに、週刊誌が次々と出され、

1959年には、講談社から少年マガジンが、小学館から少年サンデーが、子供向けの週刊誌として登場しました。

しかし、当初は、子供のこづかいで買える価格ではなく、経営的に安定しない。

この週刊マンガ雑誌において、紙芝居的な連載形式へ逆行するのです。

すなわち、それは週10枚程度の話を、人気に応じて無限に続けなければならないものであり、逆に人気が無くなればすぐに打ち切りとなる仕方でした。

だから茶川の身分も作家という立場ではありませんでした。

茶川が出版社に前借をを申し出て断られるシーンがありますが、

この当時の少年雑誌の作者達は身分が不安定であったことがわかります。

純文学を目指すこの映画の茶川などのような作家達が子供の夢の世界を書いている状況だったのです。

手塚治も人気漫画家でありましたから、この種の週間雑誌にはそんなに書いていません。

この後の少年漫画雑誌の隆盛はまだわからない時代でもあったのです。

それはともかく団塊世代は週間漫画雑誌で育っていくのです。

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三丁目の夕日 団塊世代2【映画館(こや)の木戸はあいている】


三丁目の夕日 団塊世代の一平と淳之介

三丁目の夕日、一平と淳之介の少年時代が日本の前向き時代の出発点になっていたことを当時の三種の神器や遊びから見に見ます。

何よりこの映画がうまいなと思えるのは、冷蔵庫が鈴木オート(一平の家)に来る運びです、

氷を入れる旧式の冷蔵庫、氷屋が入れるまでに氷が融けた冷蔵庫

開けるともらい物の貴重なシュークリームが腐ってしまって、捨てるようにいわれた六子(鈴木オートの従業員)が始めて見た物だからと食べてしまう

食あたり、そんなくだりがあって冷蔵庫がとどく

電気冷蔵庫に顔を入れたり、その冷気を顔に引き込んだりして感動するシーン

いかにもどこにでもあった三種の神器が到着した風景です、

次にテレビが届くシチュエーション

街のほとんどの人が鈴木オートに集まり

まるでお祭り騒ぎの中、プロレスの力道山の空手チョップが映る

団塊世代が電化製品い囲まれる少年時代が訪れ、

力道山を代表とする日本人の自立経済への方向性が訪れた空気が力強さを伝えました。

また、路地での遊びにフラフープがちゃんばらごっこに変わろうとしていました。

多様な娯楽、エンタメがテレビや遊び道具からやってきたと思いました。

そして最後に残る、この下町のコミュニティーの人情、叙情が支えていることを三丁目の夕日は伝えます

この後高度成長経済とともに、このコミュニティー(下町共同体)がすごい勢いで崩壊していきます

それを最も推進するのが、一平たち団塊世代なのですが、

まだこのときは、一平も淳之介も3種の神器の喜びに浸る時代でした。

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三丁目の夕日と団塊世代【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日の少年達は団塊世代

三丁目の夕日の子供達、一平も淳之介も小学生、団塊の世代です。

芥川賞を目指す茶川竜之介(吉岡秀隆)が生活のために書いている少年雑誌の冒険小説がこの年くらいから発売されたのです。

この時代、この種の雑誌が売られていたのが、茶川が経営(?)している駄菓子屋などだったようです。

私が小学6年位には、少年は月間雑誌だったのが、この年から少年週刊誌が登場したのです。

当時の駄菓子屋の姿は

営業時間は子供らが遊び歩く「日の出から日没まで」で、

その一方で商店がその家の居間と障子一枚隔てて隣接している事も多く、午後7時前後までは営業している場合もありました。

店そのものが住居との差異が不明確だったのである。

店先の精々3畳程度の土間には、商品陳列用の棚が設置されていたほか、店の中央に置かれた木箱の上にも、商品や菓子などの入った箱やビンなども見られ

それに天井から下げたフックに引っ掛けられて販売されている商品も少なくなかったようです。

三丁目の夕日の舞台となる茶川商店はそれを見事に再現していました。
茶川商店.jpg

店先につるされたクジとその景品、そのクジは小さな短冊状の紙で

1枚引いて水に浸すとスカとかアタリとか字が浮かぶ(あぶり出しの水版)

店主がスピードクジを作るという簡単なくじ引きで

そういえば私の町にもあった、記憶が帰ってきました。


一平の時代その路地の駄菓子屋が子供の社交場でもあったのですが、

少年週間雑誌の登場、駄菓子屋で何か買えるおこずかいが親からもらえる時代が訪れたことが分かります。

三丁目の夕日の背景にいつも出てくる東京タワーの建築風景

だんだんそのタワーが高くなっていく姿は、

この時代が次第に経済的に豊かになっていくことを示しているのでしょう

一平や淳之介の団塊世代は私達が飢餓の少年時代をすごした時期を乗り越えて

それなりに豊かさを取り戻しつつある日本の状況と共にあったのです。

この映画の最後ごろの重要なストーリー

クリスマスプレゼントがサンタクロースにより子供達の枕元に置かれる

そんな時代が登場した、明日の豊かさが実感できる団塊世代の意識が形成される時代のポイントがそこにありました。

ラストシーンで東京タワーが完成して夕日に輝くシーンは


この後の日本の経済成長を指し示しているのです。

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黒澤作品 リメイク椿三十郎【映画館(こや)の木戸はあいている】

椿三十郎 黒澤明監督映画リメイク

椿三十郎 織田裕二は三船敏郎を越えられるのか

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それがすごく楽しみな気がしてみる前から、どきどき期待です。

山本周五郎の作品を黒澤明監督はいくつも取り上げています。

先日黒澤さんが映画化できなかったシナリオを息子がプロデュースした

「雨あがる」が映画化されています。

寺尾聡のなんとも気弱そうで優しい侍

それでいてめっぽう強い剣客の主人公の姿は椿三十郎の原作

山本周五郎の作品「日日平安」の主人公とつながっていると確信しています。


それにしても、黒澤と山本周五郎との出会いはどこにあるんでしょうか

そしてその両方の大ファンである私は

その出会いがどこにあるのかを考えて見たいと思います。

だから、今度の織田裕二「椿三十郎」は必ず見ます。

森田芳光の監督作品が期待を裏切ろうがどちらでもいいのです。

勿論裏切られないほうがいいのに決まっていますが・・・

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椿三十郎 リメイク【映画館(こや)の木戸はあいている】

椿三十郎 リメイク作品

 黒澤明監督作品エンタメ映画です。
椿三十郎
黒澤映画は用心棒作品まで、ほとんどが時代と社会にメッセージをたたきつける映画ばかりでした。

「酔いどれ天使」「生きる」「野良犬」「七人の侍」「天国と地獄」などなど

面白くて娯楽性を含みながら問いかけるメッセージ性の強い映画でした。

それが「用心棒」から「椿三十郎」の作品になるとき、エンタメ映画になったと思います。

私事で申し訳ありませんが、山本周五郎さんの小説が好きで好きで

とにかく、子供の名前も犬の名前もすべて山本周五郎さんの小説の主人公の名前なん
です。

椿三十郎は山本周五郎さんの小説「日日平安」を元に映画化されたのですが、

原作と主人公は全く違う剣客として描かれました。

山本周五郎原作の『日日平安』の脚本がベースになっていて『日日平安』は原作に比較的忠実に、気弱で腕もない主人公による殺陣のない時代劇としてシナリオ化されたのが最初の企画でした。

ところが『用心棒』の興行的成功から、「『用心棒』の続編製作を」と東宝から依頼された黒澤は、陽の目を見ずに眠っていた『日日平安』のシナリオを大幅に改変し、主役を腕の立つ三十郎に置き換えて『椿三十郎』として映画化したのです。



でも原作のエキスをちゃんと残していると、さすがは黒澤と感心します。

気弱な剣もできない武士が主人公の原作と、腕の立つ剣客の映画化と変わっても原作の主題は何も変わっていませんでした。

今回中村玉緒が演じる城代家老の奥方が

「ほんとうに切れる刀は鞘におさまってるものですよ」

のセリフ、

昼行灯の城代家老を前作では伊藤雄之助の長い馬顔ですごくよかった

この映画はいつも私のイメージで重なるのは

伊丹万作監督映画「赤西蠣太」です

片岡千恵蔵プロダクションで作った珍しく格好のよくない役を片岡千恵蔵が演じた映画でした

赤西蠣太は城代家老ではなかったのですが、昼行灯と呼ばれる武士で、しかし重要な仕事をする本当の侍を描いた映画でした

『椿三十郎』は活劇映画としての面白さですが、主題は赤西蠣太のテーマと同じだと思っています。

今回の似のリメイクはまだ見ていませんが、ちかじかみたいと思います。

どんな映画になっているか楽しみです。

出来れば、三船敏郎主演 若侍加山雄三出演の前作を見て、

もし見つけられれば、伊丹万作監督映画「赤西蠣太」を見てかr今回の映画を見れば面白いかもしれません。

ちなみに、伊丹十三監督は伊丹万作の息子です。

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三丁目の夕日 CGの役割【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 CGは昭和を描いた

 三丁目の夕日、この映画の本当の主役は彼らが暮らす東京の下町や当時の銀座、上野駅、東京駅、羽田空港などの背景にあったと思います。

とにかくドラマの背景にあるCGで昭和33年代を忠実に再現しています。


「CGは主に3D CG(三次元コンピュータグラフィックス)と2D CG(二次元コンピュータグラフィックス)に大別される。」

「3DCGはコンピュータに物体の形状、カメラの向きと画角と位置、光源の強度と位置などの情報を入力して、コンピュータ自身にプログラムで画像を計算・生成させる手法を言う。人間が手で描く必要がなく、カメラの位置を少しずつ変えたり、物体の位置を変えたりするだけで、いったん作った情報から異なる画像を大量に作り出すことが出来るため動画制作に向いており、近年の映画のリアリティ向上に多大な貢献をしている。」

「かつてはSGIなどの高性能ワークステーションや専用のレンダリングサーバ、時としてスーパーコンピュータなどを用いてレンダリング処理を行っており、大変コストがかかるものであった。その後パソコンの高性能化に伴い、安価で高性能なパソコンを使って分散レンダリングを行う方法が主流となってきている。例えば「タイタニック」や「ジュラシック・パーク」などではレンダリング専用マシンの他に業務用パソコンを就業時間後にレンダリングに転用することで効率化を図っている。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

余計に分かりにくくなったかもしれませんが、

その昔、2年間位テレビコマーシャルの製作現場にいて、空を飛ぶ人を撮影するときなど(スーパーマンのように)人を釣り糸で空中演技をさせて、背景の空は別のカメラで撮って合成しました。

フィルム1秒(24こま)の1こま1こまを片方は人の写真をくり抜き、その型を真っ黒に塗りつぶし、背景はその人の1コマ1コマをその必要な位置にすがた通りに黒く抜いていくそして重ねて1枚の写真として完成させていく、そりゃ2時間もの映画だったら気の遠くなる作業とお金がかかります。そのことを知っている私には、CGは本当に魔法です。


ともあれ、CGとは現実の人を未来や、タイタニックなど当時の船やその内部を再現した画像に重ねてあたかも現場にその人たちがいるように映像化する技術なんです。

「ALWAYS 三丁目の夕日」をみてCGの使い方に日本的特長があるように思いました。アメリカでこの技術が作られ、本家では未来や数千年前の想像上の時代を創る技術に優れています。

「ジュラシック・パーク」「スターウオーズ」などがその代表ですが、日本映画でこのようなCGを見ることがあってもアメリカのリアリティにはとても及びつかない、それは技術上の問題だけでなく、想像世界の未確認知識の差であると思います。


でも日本のCG技術はこの「ALWAYS 三丁目の夕日」の昭和30年代の東京の再現には、多分アメリカ映画が出来ないCG技術が屈指されたと思えます。

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三丁目の夕日 昭和30年代の人々【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 昭和30年代の人情


三丁目の夕日のの本当の主役は彼らが暮らす東京の下町や当時の銀座、上野駅、東京駅、羽田空港などの背景にあったと思います。



ちょっとCG(コンピューター・グラフィックス)って何かちょっと勉強します。
「CGは主に3D CG(三次元コンピュータグラフィックス)と2D CG(二次元コンピュータグラフィックス)に大別される。」
「3DCGはコンピュータに物体の形状、カメラの向きと画角と位置、光源の強度と位置などの情報を入力して、コンピュータ自身にプログラムで画像を計算・生成させる手法を言う。人間が手で描く必要がなく、カメラの位置を少しずつ変えたり、物体の位置を変えたりするだけで、いったん作った情報から異なる画像を大量に作り出すことが出来るため動画制作に向いており、近年の映画のリアリティ向上に多大な貢献をしている。」

「かつてはSGIなどの高性能ワークステーションや専用のレンダリングサーバ、時としてスーパーコンピュータなどを用いてレンダリング処理を行っており、大変コストがかかるものであった。その後パソコンの高性能化に伴い、安価で高性能なパソコンを使って分散レンダリングを行う方法が主流となってきている。例えば「タイタニック」や「ジュラシック・パーク」などではレンダリング専用マシンの他に業務用パソコンを就業時間後にレンダリングに転用することで効率化を図っている。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

余計に分かりにくくなったかもしれませんが、その昔、2年間位テレビコマーシャルの製作現場にいて、空を飛ぶ人を撮影するときなど(スーパーマンのように)人を釣り糸で空中演技をさせて、背景の空は別のカメラでとって合成しました。

フィルム1秒(24こま)の1こま1こまを片方は人の写真をくり抜きは池を真っ黒に塗りつぶし、背景はその人の1コマ1コマをその必要な位置にすがた通りに黒く抜いていくそして重ねて1枚の写真として完成させていく、そりゃ2時間もの映画だったら気の遠くなる作業とお金がかかります。
そのことを知っている私には、CGは本当に魔法です。

ともあれ、CGとは現実の人を未来や、タイタニックなど当時の舟やその内部を再現した画像に重ねてあたかも現場にその人たちがいるように映像化する技術なんです。
「ALWAYS 三丁目の夕日」をみてCGの使い方に日本的特長があるように思いました。

アメリカでこの技術が作られ、本家では未来や数千年前の想像上の時代を創る技術に優れています。「ジュラシック・パーク」「スターウオーズ」などがその代表ですが、日本映画でこのようなCGを見ることがあってもアメリカのリアリティにはとても及びつかない、それは技術上の問題だけでなく、想像世界の未確認知識の差であると思います。


でも日本のCG技術はこの「ALWAYS 三丁目の夕日」の昭和30年代の東京の再現には、多分アメリカ映画が出来ないCG技術が屈指されたと思えます。

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三丁目の夕日のCG【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日のCG(コンピュウターグラフィック)

三丁目の夕日映画でのCGが映像化した東京の風景は現在の東京の姿とあまりにも違うことに視覚を通して気づかせます。

40年間で変わった町、変わった人の生活や心をいやでも思い知らされます。

先ず目に飛び込んでくる風景は、建物が低いことです。都電が道路を走り、そんな場所に子供が紙飛行機を飛ばす冒頭の画面が「夕日町三丁目」が東京のどの位置か、東京の昭和33年の下町を数分で分からせます。見事な映画展開です。

瞬間にこの映画が描きたいテーマ、下町の人たちの暖かい付き合い、私が呼ぶ昭和ロマンをにおいのように漂わせてくれたのでした。

現在の東京の、いや東京だけでなく日本中の高層マンション社会は、いやでも見下ろす町と人を作りました。建物が人の関係の仕方を水平な関係から垂直(上下)の関係にしてしまったのではないか、この映画のCG画面はそんな人間関係変化を確信させるものでした。

人たちが濃密な人間関係を作るには、このように低層建物と広い空がどうしても必要な気がいたします。

タイトルと同時に集団就職の中学生たちが当時の国鉄2等車両で上の駅に着きます。車窓から建築途中の東京タワーや、当時のビルが見えます、本当にいきなりタイムスリップして昭和33年の東京にいる感じです。

上野駅の構内、集団就職の子供を迎えるごった返す画面やホームに着くSL機関車などどこが合成されたものか分からず、いやおうなくその世界に引き込まれてしまうのです。当時の上野駅の再現と上野公園の風景、まさしく私は昭和33年の東京にいました。
あとは、当時を血道に再現したセットの町、住宅お店など見事にはめ込まれていました。
映像の色調も全体にセピアカラーを意識したライティングなどもあって、レトロ間を出していたのですが、なんと言ってもこの映画の主人公はCGの画面だといえます。
同時の映像、例えば上野駅前の広場でタクシーや車、乗客たちの行き来を不自然でなく再現されると、今がそのような東京だと思えるくらいですから、CGが演じているとさえ思えたのでした。

主人公の二人の少年が、母親を訪ねて遠い高円寺まで行くシーンがあります。表通りの都電に乗るシーンと都電の走り去る通りをカメラがパンアップしながら街全体を見せるシーンがありましたが、広い通りの両側のビルや商店などの風景は空の広さを感じさせ、まさしく当時の東京が昭和ロマンの空気を持っていたことを知らせてくれるに充分でした。

また銀座の映画館や劇場、入場を待つ人の群れと劇場の遠景、当時の映画館看板(石原裕次郎の嵐を呼ぶ男)それらがセットとCGの違和感など全くなく、懐かしさの世界に導きます。

甘ったるい昭和ロマンを今の日本人が必要としているのでしょうか、そんなことをもう少しこの映画を自分の戦後の歴史と重ねながら分析してみたいと思います。


昭和ロマンは昭和30年代を境に、経済的豊かさを手に入れて消えてしまった

この映画はそんなことを思わせます。

是非映画館に足を・・・すぐ

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団塊シニア 三丁目の夕日に思う【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 50年前の日本

三丁目の夕日と私と同世代をたどるためにこの映画のあらすじをすこし書いて見ます。

「東京タワーが建築完成する昭和33年〜4年、タワー真下に近い下町「夕日町三丁目は当時の東京庶民の街に典型的な日本の家族が住んでいました。

この映画の中心になる家族、自動車修理工場(自宅の入り口土間が作業場)を父親則文(堤真一)、トモエ(薬師丸ひろ子)息子一平(小清水一輝)の3人家族、そこに東北から集団就職で自動車修理工場に星野六子(堀北真希)が来る所からドラマが始まります。

一人さびしく部屋で泣く六子に一平が元気付けるため、もうすぐテレビがくると“いいこと”を教え彼女のホームシックをなだめる。

鈴木オートの向かいは駄菓子や茶川商店があり、東大出の小説家茶川竜之介(吉岡秀隆)が貧しく暮しながら芥川賞を目指していた。

その町にある居酒屋おかみヒロミ(小雪)の元に鈴木オートや街のクリーニング店主など3人と茶川が飲んでいるとき、おかみヒロミの所に母親に捨てられた引取り手のない淳之介(須賀健太)がいて、ヒロミが茶川に押し付け、酔った勢いで預かってしまう。

 さまざまな街の風景と出来事などが展開され(このワンシ−ン、ワンシーンがすごく面白い)夏が来て、六子も家族になれたとき、テレビが鈴木オートにやってくる、3丁目のほとんどの人たちが鈴木家に集まり、力道山のプロレスが放送、みんながお祭騒ぎで興奮したとき、プツンと故障茶川が修理するがばらばらになり、みんなが去る。

淳之介は茶川の家に居つき、学校にも通う、そしていつも空想物語をノートに書いている、茶川は少年雑誌に冒険小説を書いて生活の糧としていたが、ネタを淳之介のノートから盗作、一平たちが見つけばれる。茶川が淳之介原稿料を渡そうとするが、淳之介はかぶりを振って「僕嬉しいんです」自分のネタが本になったことを喜んだのでした。

淳之介がヒロミと茶川の話を押入れの仲で聞いてしまって、母親の居場所を知る。一平と相談二人で遠い高円寺まで訪ねて、母親は隠れて会わず、二人は帰ろうとするが電車賃もなく夜になり、夕日町の家族や隣人達が大騒ぎをするがトモエがお守りとして縫い付けておいたセーターの繕いからお金を見つけて電車で帰ってきたのでした。(この辺の東京の都電や街の風景はすごく懐かしさがありました)
 クリスマスが近づく、茶川が淳之介の欲しがっている万年筆を察しサンタクロースからのプレゼントの形にしてとどける、淳之介の喜びを茶川はサンタの贈り物として・・・そしてその夜、もう一つプレゼントを茶川はヒロミに、それは指輪だったが箱だけしか買えずそれをヒロミにプロポーズとするが、ヒロミは「買ってくれるつもりの指輪をはめて」ときれいな手を差し出してそこに見えない指輪を茶川がはめる。
「きれい」とない指輪を見つめるヒロミ。
(この挿話がこの映画の主題で、ある意味たわいない愛のテーマをこんな表現ですることの古典的な手法がとても新しいものと感じられました)

 その後、淳之介の父親川渕康成(小日向文世)が現れる、かなりの会社の社長で淳之介を連れ戻そうとするが、淳之介は途中で逃げ帰る。
そして第一部の感動の結末、
「お前は縁もゆかりもない、赤の他人だ、お前の父親はお金持ちだから帰れ」と突き放す、淳之介がかぶりを振り茶川と暮らすことを頼む。
結局、茶川と淳之介の感動の一瞬が訪れた・・・
 その時ヒロミは借金のために踊り子に逆戻りしてこの街を去っていった。」

第1作のストーリーです。

昭和ロマン。
大正ロマンという言葉はあっても昭和にはそんな言葉はありません。
私は三丁目の夕日が描こうとした昭和30年代に起きた時代の空気を昭和ロマンだと言いたいんです。

東京タワーの完成から日本は高度成長時代に入ります。
高く高く、どんどん空に向かって建築物が空に向かい、手塚治の鉄腕アトムの漫画に描かれた世界が現実のものになって行きます。

この映画で、淳之介が空想作文にして、それを盗作した茶川の少年雑誌の小説にも描かれますが、東京タワーと日本の分岐点としてこの映画は分かりやすい描写で見せてくれます。

さてさて、そんな上にどんどん伸びる時代が来て私達はどんなに幸せになったのでしょう。

昭和ロマンは昭和30年代を境に、経済的豊かさを手に入れて消えてしまった

この映画はそんなことを思わせます。

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昭和ロマン 三丁目の夕日【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 昭和ロマンを描く

三丁目の夕日 昭和ロマンが、今、人の胸を打つ、そんな時代になったそうこの映画のヒットで思いました。


ロマンを大辞林 辞書で確かめました。
「小説のように変化に富み、かつ甘美な筋をもった出来事。恋愛事件などにいうことが多い。ロマンス。小説のように変化に富んだ大冒険や一大事業。」
辞書が教えてくれた意味です。

なるほどと思います、ロマンとは要するに「甘美」(甘い)で小説のように架空のこと(現実的でない)との事なんですね。

でもどうしてそんな非現実を人は求めるのでしょう。
また今どうしてこんな映画がヒットするのでしょう。

人々は甘美」(甘い)で小説のように架空のこと(現実的でない)物を求めているのでしょうか。
私はそうだと思いました。
現実的でない、甘いロマンを欲しがっているんだと思います。
この映画の時代のあとは、高度成長、所得倍増を日本人は達成して経済的に豊かな社会を作りました。
そして今日、21世紀初頭には世界で一番長寿の社会を作ったのです。
すでに不老長寿を手に入れた世界でもまれな国を作ったんですから、パラダイス(天国)に日本人は入ったんです。

ところが、パラダイスをつかんだとたん、天国では起こるはずのない殺人事件が多発します。高齢者の妻殺し、夫殺し、母親の幼児殺し、我が子殺し、小学生の同級生殺しなど等、貧しい昭和30年代には起こりえなかった事件がパラダイスで起こっているのです。

三丁目の夕日はパラダイスの矛盾に過去から答えのヒントを呼びかけているんではないかと私は思いました。

舞台は東京ですから、私の育った田舎町とは違いますが、昭和30年代にあった空気が充満しています。
東京下町の人々、焼け野原殻小さな町を作ってきた隣近所の濃密な付き合いがありました。
何度の出て来る夕日町の路地風景、そこで展開される人付き合い模様。
下町の叙情はすでに忘れてしまった日本人の情でした。
あの葛飾柴又の寅さんの家族と近所との情感とはちょっと違うように感じます
ここには昭和ロマンがある

レトルトの昔を、ただ懐かしむというようなそんな作品ではなかったと思います。
昭和のそれも高度成長前の助け合わなければ生活していけない一種の下町共同体、
近隣の人が強い人間関係を持っていた、ある意味甘ったるいロマン。

世界で第2番目の経済大国、お金一杯持っている幸せの理想の国日本、現在のわが国と対象的な貧しくて世界の2流国時代の昭和30年代の日本の「三丁目の夕日」の方が心をたたく、これって何なんでしょうか。
心が描く日本と現実の豊かな日本とどちらを選ぶか日本人が迷っている姿なんでしょうか。

甘ったるい昭和ロマンを今の日本人が必要としているのでしょうか、そんなことをもう少しこの映画を自分の戦後の歴史と重ねながら分析してみたいと思います。


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この映画はそんなことを思わせます。

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三丁目の夕日 ロマン【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 懐かしい人たち

三丁目の夕日、人人情が伝わる映画でした。

DVDと劇場と久しぶりに映画館をはしごした気分です。20代の頃年間400本も映画を見ていた時代の戻った気分です。

急にこの映画が見たくなったのは、小雪さんがオーラの泉に出たとき、直感的に本物の女優だと感じたのです。(小雪さんのことは別の機会に書きたいと思います)

先ずDVDを借りて一人見てみました、

いきなりの画面CGは自分の子供時代の風景です、



舞台は東京ですから、私の育った田舎町とは違いますが、昭和30年代にあった空気が充満しています。

東京下町の人々、焼け野原殻小さな町を作ってきた隣近所の濃密な付き合いがありました。

何度の出て来る夕日町の路地風景、そこで展開される人付き合い模様。

下町の叙情はすでに忘れてしまった日本人の情でした。

あの葛飾柴又の寅さんの家族と近所との情感とはちょっと違うように感じます

ここには昭和ロマンがある

レトルトの昔を、ただ懐かしむというようなそんな作品ではなかっっとおもいます。

昭和のそれも高度成長前の助け合わなければ生活していけない一種の下町共同体、

近隣の人が強い人間関係を持っていた

ある意味甘ったるいロマン

その空気がいきなり飛び込んできて、DVDの返却日を延長して、

もうその翌日「続三丁目の夕日」を見に行ってしまったのです。

昭和ロマン、漫画は見たことはありませんが、作者のテーマがそこにあるような気がしました。

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続三丁目の夕日 感動の涙【映画館(こや)の木戸はあいている】

続三丁目の夕日 シニアの感動

続三丁目の夕日、

平日の午後2時半分くらいの入りです、そして昼間でもあったからでしょうが年配の観客が70%を占めていたようでした。


東京オリンピックの開催が決定し、高度経済成長に沸く昭和34年の春。

夕日町三丁目の鈴木オートに(この映画の中心家族)鈴木則文(堤真一)鈴木トモエ(薬師丸ひろ子)小学生の一人息子鈴木一平(小清水一揮) 、親戚の美加(小池彩夢)がやって来る。
スキヤキは牛肉ではなく豚肉、家に風呂はなく銭湯通いという庶民的な暮らしに、お嬢様育ちの美加は事ごとに不満を言う。

一方、駄菓子屋の店主にして作家もどきの茶川竜之介(吉岡秀隆)は、捨て子同居人淳之介(須賀健太)と貧しいながらも仲良く暮らしていた。

ところが、淳之介の父親・川渕(小日向文世)が再び現れ、息子の将来が心配だからと連れ帰ろうとする。

茶川は、淳之介に人並みの生活をさせるから、もう一度だけチャンスをくれと抵抗、あきらめかけていた芥川賞を再び目指して書きはじめる。

その頃、ヒロミ(小雪)は、茶川を想いながらも、借金返済のためストリッパーとして舞台に立っていた。

前作に続いて、さえない東大出の小説家茶川竜之介(吉岡秀隆)とストリップ・ダンサー石崎ヒロミ(小雪)の古風な恋物語が複線にある。

この二つの家族に起きる事件を近隣の人たちが絡み合う人間模様は昭和30年代のロマンの一つの姿であり、その背景にある東京とその下町の風景、CG(コンピューターグラフィック画面)による再現画面がもう一つの昭和ロマンを伝える主人公でもありました。

そしてこの映画のクライマックス

茶川が芥川賞最終選考に選ばれ、受賞発表に日、鈴木オートに近所の人達が集合、入賞を確信して電話を待つ

電話が鳴る・・・茶川が受ける・・

・・・小さな声で「落選」でつぶやく

シーンとしらけた空気が漂い

そこの来ていた淳之介の父親が茶川の無能を決めつけた時

鈴木オートが「読みもしないで、なにがわかる」

と茶川の小説が掲載された雑誌を淳之介の父親に突き出し「読め」

周囲が唖然・・・鈴木オートが小説など読む人間でなかったのに

ところがトモエが従業員の六子がそして同席したいた人たちが次々雑誌を取り出す

淳之介の父親が読み始めるとき、パトロンに引かされ特急「こだま」で大阪に向かうヒロミが、餞別に渡された袋に茶川の小説があり読み始めていた。

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ロマンを大辞林 辞書で確かめました。
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なるほどと思います、ロマンとは要するに「甘美」(甘い)で小説のように架空のこと(現実的でない)との事なんですね。

でもどうしてそんな非現実を人は求めるのでしょう。
また今どうしてこんな映画がヒットするのでしょう。

人々は甘美」(甘い)で小説のように架空のこと(現実的でない)物を求めているのでしょうか。
私はそうだと思いました。
現実的でない、甘いロマンを欲しがっているんだと思います。
この映画の時代のあとは、高度成長、所得倍増を日本人は達成して経済的に豊かな社会を作りました。
そして今日、21世紀初頭には世界で一番長寿の社会を作ったのです。
すでに不老長寿を手に入れた世界でもまれな国を作ったんですから、パラダイス(天国)に日本人は入ったんです。

ところが、パラダイスをつかんだとたん、天国では起こるはずのない殺人事件が多発します。高齢者の妻殺し、夫殺し、母親の幼児殺し、我が子殺し、小学生の同級生殺しなど等、貧しい昭和30年代には起こりえなかった事件がパラダイスで起こっているのです。

三丁目の夕日はパラダイスの矛盾に過去から答えのヒントを呼びかけているんではないかと私は思いました。

舞台は東京ですから、私の育った田舎町とは違いますが、昭和30年代にあった空気が充満しています。
東京下町の人々、焼け野原殻小さな町を作ってきた隣近所の濃密な付き合いがありました。
何度の出て来る夕日町の路地風景、そこで展開される人付き合い模様。
下町の叙情はすでに忘れてしまった日本人の情でした。
あの葛飾柴又の寅さんの家族と近所との情感とはちょっと違うように感じます
ここには昭和ロマンがある

レトルトの昔を、ただ懐かしむというようなそんな作品ではなかったと思います。
昭和のそれも高度成長前の助け合わなければ生活していけない一種の下町共同体、
近隣の人が強い人間関係を持っていた、ある意味甘ったるいロマン。

世界で第2番目の経済大国、お金一杯持っている幸せの理想の国日本、現在のわが国と対象的な貧しくて世界の2流国時代の昭和30年代の日本の「三丁目の夕日」の方が心をたたく、これって何なんでしょうか。
心が描く日本と現実の豊かな日本とどちらを選ぶか日本人が迷っている姿なんでしょうか。

甘ったるい昭和ロマンを今の日本人が必要としているのでしょうか、そんなことをもう少しこの映画を自分の戦後の歴史と重ねながら分析してみたいと思います。


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三丁目の夕日同時代の私の作文【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 同世代の思い出作文

三丁目の夕日

ALWAYSとは「いつものように」とか「ずっと永久に」などの意味を含んだ言葉です。

三丁目の夕日のラストで鈴木オートの親子が夕日を見る場面があります。

夕日がとてもきれいだと見続ける両親に、息子の一平が
「夕日は、今日だけでなく明日も、そして50年たってもきれいなもの」

との言葉で第1作が終ります。

そんな叙情のとらえ方を、私は昭和ロマンと呼びたいのです。

三丁目の夕日で芥川賞、芥川竜之介が主題になっていました。


ちょっとあつかましいのですが作文を淳之介君のように書いてみました。

昭和30年代でなく、昭和20年戦後まもなくのことです

龍之介のトロッコの一部
「小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。工事を―といったところが、唯トロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。
 トロッコの上には土工が二人、土を積んだ後に佇んでいる。トロッコは山を下るのだから、人手を借りずに走って来る。煽るように車台が動いたり、土工の袢天の裾がひらついたり、細い線路がしなったり――良平はそんなけしきを眺めながら、土工になりたいと思う事がある。」(芥川龍之介 トロッコより)

私の思い出体験ー

こんな田舎に鉄道を敷くために、線路工事の工夫さんがトロッコを押しながら少しずつ線路を敷設して、その状態などをチェックしていたんでしょう。龍之介の主人公良平と同じように、トロッコを押させてもらうのがなんとも嬉しく、誇らしく思えたんです。
平坦な場所になるとトロッコに乗せてくれます、時間を忘れて押しては乗りを繰り返して、終点に着きました。工夫さんたちの工事小屋なんです、それは自宅から数キロ(当時1里と言っていましたね)の小野谷と言う峠でしたがそこに着くと工夫のおじさんが「ごくろうさん、はよ帰らな日が暮れるで」と言うんです。

私としてはその人たちも駅まで帰るものだとばかり思っていたので、びっくりしてしまいました。

「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」
「あんまり帰りが遅くなるとわれの家でも心配するずら」

 良平は一瞬間呆気にとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、――そう云う事が一時にわかったのである。良平は殆ど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜をすると、どんどん線路伝いに走り出した。
(龍之介 トロッコより)

もう本当に暮れかけていました。

連れて帰ってとも言えず、心細いまま黙って枕木につまずいたりしながら走り出しました。どんどん暮れていきます、多分秋でした。

田んぼで籾殻を焼く煙があちらこちらでたなびいています、夕暮れはそれこそつるべ落としどんどん暗くなってきて、大声で泣きながら走りました。

1時間はかかる距離です、走ると言っても石ころと枕木ですから、つめから血が出るは、転ぶやで散々でしたが、痛いとはちっとも思いません、それより暗くなる恐怖がどんどん膨らんで、怪獣かなんかが襲ってくるという錯覚と言うより現実感が充満したのを今も思い出します。

このときの記憶で一番心で観たものは、やっと自宅に近くなって「山上」という集落の上に来た時、下の集落が何時もの風景でただ夕暮れ迫る風景、田んぼで野焼きする煙が上に昇らずサアーっと横にたなびく煙の風景でした。

「サアーっと」横に流れる不思議に美しい煙を見た初めての経験でした。

転んで傷だらけ、爪もはがれて血だらけ、転んで破れた衣類など何の記憶もありません。
後で母親や兄弟たちが、同情どころか
「何であほなことをしたのか」「どんなに心配したのか」
そんな言葉でした。

でも今日でも覚えているのは、あのときの心細さと、煙が上にだけ行かない煙を下に見ればすごいきれいなもの、それは記憶というより目の底に今でも焼きついています。


突然思い出した、個人的な記憶をあつかましくも芥川龍之介の小説を引き合いに出して書いてしまいました。
でも本当に、トロッコの良平は自分自身だと思ったのです。
だから多めに見てお許しください。

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三丁目の夕日 小雪【映画館(こや)の木戸はあいている】

三丁目の夕日 小雪 久しぶりの本物女優

三丁目の夕日の小雪さんを見ていて、オーラの泉での美輪明宏さん

小雪さんは往年の原節子さんを思わせる本当の女優の登場だと語りました。



そんなことが記憶の隅にあったのでしょうが、

東京物語の原節子さんが小雪さんにダブって見えたのです。

役柄は全く違います、

東京物語の原節子の役柄は夫に先立たれて一人働く戦後まもなくの女性

夫の両親を他の実の子供達が引き取るのを避ける中、東京で向かえて世話をする役柄です、

そして三丁目の夕日の小雪さんはストッパーや居酒屋のママの役柄です

でもその二人に共通するのは、二人にお役柄にあまりリアリティがない事でした。

あまりにも生活の臭いがしないのです

両方とも生活臭が臭う役柄ですが、品がよすぎてにおいがありません。

私は映画にリアリティばかり求めた時代がありましたが、最近は映画の意味はある夢を見させるものでなければならないと考えるようになっています。

だから、このリアリテイのない人がこんな役柄をするから、その愛の表現が透明で美しいものになる

昭和ロマンに大して、見る人が求めるものは、透明で浸み込むような愛の表現なのかもしれません。

「冬のソナタ」が大ヒットしたのもそんなものを求めた結果といえなくもないともいます。

ストリッパーや身を崩した役をそのまま地で出来る女優がいますが、

あまりにリアルで、そのままで、いやな感じがすることも多く

本当の女優の現れるのを期待していました。

小雪さんははじめも出る出身の芝居の出来ない人との偏見を持っていましたが、

今回見て芝居演技を存在そのものが表現する、なんと言っていいのか、

どんな役になっても本性が現れ出てしまう女優だと思えるのです。

そしてその本性が「透明」だと思えるのです。

いい女優がやっと現れたと思いました。

ご本人は、女優は自分に合っていないと言ってはいますが・・・・

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