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1950年代邦画

黒澤映画「生きる」

こんにちは

今日は黒澤映画「生きる」について書いてみます。

黒澤監督は、こう語っている。
「この映画の主人公は死に直面して、はじめて過去の自分の無意味な生き方に気がつく。いや、これまで自分がまるで生きていなかったことに気がつくのである。そして残された僅かな期間を、あわてて立派に生きようとする。
 僕は、この人間の軽薄から生まれた悲劇をしみじみと描いてみたかったのである」

ж??〓??.jpg    ж??〓.jpgなつかしい手書きのポスター、これからもこんなポスター欲しいと思います。

さて映画に映画について

映画は、唐突に、1枚のレントゲン写真から始まる。
ナレーター「これは、この物語の主人公の胃袋である。幽門部に胃ガンの兆候が見えるが、本人はまだそれを知らない」

この導入部は初めて見た私にとって驚きでした。
一瞬に緊張を与え、ドラマに引き込まれ、目が釘付けになりました。

主人公が貧しい人のために「公園」を作ったと言う美談の映画では勿論ありません。
がん宣告を受けた主人公が自分の死を受け入れたくないためにもがく姿、生きるとは何か、死にいくとは何か、彼のもがきの姿の中に私は見続けました。

生きる3.jpg     生きる4.jpg

「僕は、この人間の軽薄から生まれた悲劇をしみじみと描いてみたかったのである」
の黒澤の言葉にえっと思う。

「人間の軽薄から生まれた悲劇」それなに?
軽薄から生まれた主人公の最後の仕事とその死
それが悲劇であったのか、黒澤の意図はそこにあったのか、

もう一度見直してそれを発見したくなりました。


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■ 発行者: 詩音 魔
■ 連絡先 hiro1633@leto.eonet.ne.jp

珠玉の言葉「鏡の法則」の全部を是非味わってください。


楽しい名セリフを自分のものにしましょう
    
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